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明治生まれ赤レンガ館、いまも現役

南西側からの本社赤レンガ館南西側からの本社赤レンガ館

 

大阪・天満の本社にある赤レンガ館。建築年は1886(明治19)年、造幣局本館や中之島公会堂と並ぶ歴史的建造物である。2階建ての大きな赤レンガ建築で、3つの切妻屋根と2階正面の5つのアーチ窓が印象的。JR大阪環状線の北側にあり、電車からよく見えるランドマーク的存在だ。「むかし通学の時、古めかしいレンガづくりの建物が風景としてすり込まれていた。何をつくっている会社か知らなかったけれど」ともらす幹部もいる。

  明治生まれのこの赤レンガ館、いまも現役である。1階は軸受事業部の技術開発部と技術管理部の75人がパソコンに向かい合っている。2階は特機事業部の本社部門で35人が働いている。建物内部は柱の数が多く、その上部がV字型に広がり、2階の床を支えている。7、8年前、大阪歴史博物館から歴史的建造物指定の希望の有無を問われたが、この指定を受けると内外改装など一切の工事を制限されることから辞退した。

  赤レンガ館はもともと天満紡績の工場として完成、合併により1900(明治33)年に大阪合同紡績天満工場となった。1931(昭和6)年、大阪合同紡績が吸収された東洋紡績の工場となり、1938(昭和13)年に中西金属工業に移った。

  赤レンガ館と並んで本社棟も明治期の建物。1階が石造風、2階はタイル張り、屋根が寄棟造桟瓦葺という和風づくり。天井が高く、階段は急勾配、手すりまわりの古風な意匠などに、明治の香りが漂う。

  本社・工場の敷地内には、紡績工場の面影を残す、のこぎり型の屋根もある。日本で初めて女工らがストライキを行った工場といわれており、資本主義勃興期の生き証人でもある。赤レンガ館も本社棟も内部はきれいに改装され、清潔な装いを保っていて年齢を感じさせない。そんな明治期の建物が並び立つ姿は、90年になんなんとするわが社の歴史と工業都市・大阪の歩みを肌で感じさせてくれる存在である。

改装された本社棟内部

改装された本社棟内部